【国立市】市名は駅名から生まれた、地名の由来と周辺地名の成り立ち

国立市の地名の由来、説明を聞いたことがある人でも「それって本当に正確な話なの」と思って調べ直すと、案外ふわっとした理解のまま終わっていることがあります。駅名と市名の関係、谷保との違い、合成地名の話など、いくつかの観点がばらばらに出てくるので整理しにくいんですよね。

くにたちクリップのエリア担当ライター、たいがです。国立駅まわりで仕事しながら、気になって調べたことをまとめます。由来の話って、最初は「そういうものか」で終わりがちですが、少し深く見ると面白い部分がありました。

この記事では、市名の成り立ち、駅名との順番、谷保など周辺地名との違い、俗説として広まりやすい話、公式資料での確認の仕方を順に見ていきます。

目次

「国立」という名前はいつ、どうやってできたか

「国立」という名前が最初に使われたのは、大正15(1926)年に開業した中央線の駅名です。国分寺駅と立川駅の中間に新しい駅をつくることになり、両駅の頭文字を一字ずつ取って「国立」とした。これが公式に残っている由来の説明です。

開発を手がけた箱根土地株式会社の堤康次郎社長が、後に「新しき国が立つという意も含めた」と回想している記録も残っています。ただこれは後日談であり、命名の主たる根拠としてではなく、補足的なエピソードとして扱うのが適切です。

駅名が先か、市名が先か、整理しておきたい順番

先に生まれたのは駅名です。国立駅が開業した大正15年の時点では、この地域の行政名称はまだ「谷保村」でした。自治体名が「国立」に変わったのは昭和26(1951)年4月1日のこと。

「国立市という名前から駅ができた」という理解は逆順になります。市名より駅名のほうが25年ほど先に存在した、という順番を押さえておくと、由来の話が整理しやすくなります。

大字国立が正式に認定されるまでの経緯

「大字国立」として公簿に正式に認定されたのは、昭和18(1943)年のことです。それまでは地区の呼び名として使われていても、公簿の上には「谷保」「青柳」の一部として扱われていました。

くにたち中央図書館が発行している郷土資料『くにたちの地名』シリーズには、この経緯が整理されています。由来を調べるときに公式サイト以外の一次資料にも当たってみると、細かい時系列が分かりやすくなります。

谷保という地名は国立とは成り立ちが違う

谷保の名前は、鎌倉時代にはすでに記録に登場します。弘安3(1280)年頃の史料に「谷保」の文字が見えており、国立より600年以上前からある地名です。

「谷」はもともと「ヤッ」と読み、湿地帯を意味する言葉とされています。水田に適した土地条件を持つこの地域の様子を反映した名前、という説が有力です。ただし起こりは明らかではなく、複数の説が郷土資料に並んで記されています。

国立が合成地名であるのに対して、谷保は古代以来の地名。成り立ちの種類がそもそも違います。

谷保の読み方が「やぼ」と「やほ」で揺れる理由

谷保は「やぼ」とも「やほ」とも読まれ、歴史的にも両方の読みが記録に残っています。南武鉄道(現在のJR南武線)が駅名をつけるとき、「やぼ」は「野暮」に通じて語韻がよくないとして濁音を取り「やほ」とした、という経緯が郷土資料に記されています。

谷保天満宮は現在も「やぼ」の読みを使用しており、どちらかに統一されているわけではありません。地名と施設名・駅名の読みが異なるケースは国立に限らず全国にあり、どちらが正しいとは言い切れない点は頭に置いておきたいです。

「合成地名」という見方で整理するとどうなるか

「国立」は、二つの既存地名から一字ずつ取って作った地名です。このような作り方を「合成地名」と呼びます。大正から昭和にかけて全国各地で新しく開発された地域や駅に、こうした命名が多く見られます。

合成地名という視点で見ると、国立という名前の成り立ちが他の事例と並んで理解しやすくなります。地名の由来を調べるとき、こういった地名の分類の話と合わせて見ると整理しやすいです。

文教地区のイメージと地名の由来は別の話

国立市は一橋大学の移転を機に学園都市として開発された歴史を持ちます。「文教地区」としての国立のイメージは強く、それが市名の由来と混ざって語られることがあります。

文教地区のイメージと地名の話、実は別の話なんですよね

大学の移転が開発のきっかけになった、という歴史と、駅名・地名の命名の由来は、時系列は近くても内容としては別の話です。いっしょに語られやすいだけで、地名の根拠にはなりません。

広まりやすい俗説に気づくための見方

意外と広まっているのが「国立市という名前があって、そこに駅ができた」という説明です。先ほど触れたように、実際の順番は逆で、駅名が先にあります。

また「国が立つという意味を込めて命名された」という話も出回っています。この話自体は後日談として資料に残ってはいますが、命名の主な根拠だったかどうかは確認が難しい部分です。由来を一つの説だけで断定しないほうが、後から「話が違う」となりにくいと感じています。

由来を調べるときに見ておきたい資料の種類

地名の由来を調べるとき、まず確認しやすいのは国立市の公式サイトです。市名の由来について基本的な説明が掲載されています。

国立市公式サイト

「国立市の概要」で市名の由来が確認できる

くにたち中央図書館の郷土資料

『くにたちの地名』シリーズは図書館で閲覧できる

国立市史(昭和63年編纂)

地域の成り立ちや行政変遷の詳細が収録されている

公式サイトの説明は簡潔なので、時系列や細部を確認したい場合は郷土資料と合わせて見るのが確実です。

昔の地図や資料を見るとどんなことが分かるか

昭和32(1957)年の国土地理院発行の地図では、現在の谷保駅が「やぼ駅」と記されていることが確認できます。地図の年代によって地名の表記や読みが変わっていることがある。

古い地図は国立市中央図書館の地域資料コーナーで閲覧できるほか、国土地理院のウェブサイトでは一部の古地図が公開されています。時代ごとの表記の変化を追うと、由来の話が立体的に見えてきます。

調べ始めるなら、まずここから動いてみてください

国立市の地名の由来に興味が出てきたら、まず国立市の公式サイトで基本の説明を読んでみるのが楽な入口です。今日の昼休みや移動中でもスマホで確認できます。

その上で時系列や細部が気になってきたら、くにたち中央図書館に足を運んで郷土資料コーナーを見てみることをおすすめします。わたし自身、地域の記事を書く前に一度図書館で資料を確認するようにしていますが、サイトだけでは出てこない話が資料にはあります。少し時間はかかりますが、自分で一次資料に当たってみると由来への見方が変わる気がしています。

地名の話って、調べ始めると思ったより深くて、気づいたら周辺の地名まで気になっているということがよくあります。まずは一つだけ確認するつもりで、動いてみてくださいね。

  • 国立駅の開業は大正15(1926)年
  • 市名への変更は昭和26(1951)年
  • 大字国立の正式認定は昭和18(1943)年
  • 谷保の名は鎌倉時代の史料に登場する
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国立市公式サイトで基本の説明を確認する

市名の由来について簡潔な説明が掲載されています。まず全体像をつかむのに使えます。

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くにたち中央図書館で郷土資料を見る

『くにたちの地名』シリーズや国立市史は図書館の地域資料コーナーで閲覧できます。

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気になる地名を一つ決めて深掘りする

国立・谷保・青柳など、それぞれ成り立ちが違います。まず一つに絞ると読みやすいです。

情報は更新時点のものです。最新情報は公式サイトもあわせてご確認ください。

この記事を書いた人

『くにたちクリップ』たいが

国立市在住のたいがです。地域情報メディア『くにたちクリップ』で、暮らしに役立つ地元情報を発信しています。

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